大判例

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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)151号 判決

控訴人

山崎産業有限会社

右代表者

山崎満枝

右訴訟代理人

石上清隆

被控訴人

朱英治

右訴訟代理人

上西裕久

被控訴人

山本浩

右訴訟代理人

大正健二

主文

一  原判決主文第三項ないし第六項を取消す。

二  被控訴人山本浩の控訴人に対する第一次請求中、原判決別紙約束手形目録記載の約束手形金債権が同被控訴人に属することの確認請求の訴を却下する。

三  被控訴人山本浩の控訴人に対するその余の第一次請求及び被控訴人朱英治に対する請求をいずれも棄却する。

四  被控訴人山本浩の予備的請求に基づき、控訴人は、被控訴人山本浩に対し、二〇万円及びこれに対する昭和五三年七月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

五  被控訴人山本浩の控訴人に対する予備的請求中、その余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は第一、二審を通じ、控訴人と被控訴人山本浩との間に生じた部分はこれを五分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人山本浩の負担とし、控訴人と被控訴人朱英治との間に生じた部分は被控訴人朱英治の負担とし、被控訴人朱英治と被控訴人山本浩との間に生じた部分は被控訴人山本浩の負担とする。

七  この判決は、第四項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  申立

一  控訴人

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人山本浩の請求を棄却する。

訴訟費用中控訴人と被控訴人山本浩との間に生じた部分は、第一、二審とも被控訴人山本浩の負担とする。

二  被控訴人両名

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  主張

当事者三者の主張は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

1  原判決三枚目表七行目「被告は」以下全部を「控訴人代表者は右手形を振出した。仮にそうでないとしても、控訴人のため手形振出の代理権を有していた訴外山崎銀太郎は右手形を振出した。」と訂正する。

2  原判決五枚目裏二行目「被告は」以下全部を「控訴人のため手形振出の代理権を有していた訴外山崎銀太郎又は控訴人代表者は右手形を振出した。」と訂正する。

3  原判決六枚目表一一行目「参加原告」から同裏一行目「取得しているので、」までを「同人は訴外西田を支援するため、右手形振出の権限を濫用して本件手形を振出したものであるが、被控訴人山本は、本件手形を取得した際、右銀太郎の権限濫用を知り又は知り得べきであつたから、」と改める。

二  控訴人の主張

1  控訴人の事業内容は、登記簿上は木製家具の製造及び販売となつているが、現実には木製家具の製造の請負である。右事業を大別すると、(1)注文を獲得する部門、(2)注文品を製造する部門、(3)資金繰りと支払をする経理部門の三つに分けられる。右のうち(2)は控訴人代表者の夫である訴外山崎記義の指揮監督下に職人が担当し、(3)は控訴人代表者が女子事務員一名を補助に使つて担当し、訴外山崎銀太郎(以下「銀太郎」という。)は(1)と集金業務を担当した(ただし、集金業務は、右女子事務員も一部担当した。)。したがつて、銀太郎の担当業務中には、手形の振出はいうまでもなく、債務負担及び支払業務も含まれていなかつた。

2  被控訴人山本は、銀太郎より原判決別紙約束手形目録記載の約束手形(以下「本件手形」という。)を取得した際、銀太郎が控訴人のため手形振出の代理権を有しないことを知つていた。仮にそうでないとしても、被控訴人山本は、重大な過失でそのことを知らなかつたものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被控訴人山本の控訴人に対する手形金債権確認請求について

判旨請求権につき債務者に対し給付の訴が可能である場合(破産債権確定手続のような特別の規定がある場合は、給付の訴が可能でない場合である。)、債務者に対しその請求権自体の確認の訴の利益は認められない。けだし、右の場合、給付の訴が最も有効適切な紛争解決の手段であるからである。

本件において被控訴人山本は控訴人に対し(イ)本件約束手形金債権が被控訴人山本に属することの確認の請求と(ロ)右約束手形金支払の請求をするところ、(ロ)の給付の訴は可能であるから、(イ)の確認の訴は確認の利益を欠き不適法である。

二被控訴人山本の被控訴人に対する請求及び控訴人に対する手形金請求について

判旨1 本件のように、原告Xの被告Yに対する約束手形金請求訴訟に、Zが、右手形金債権はZに属するとして、Xに対し右手形金債権がZに属することの確認、Yに対し右手形金の支払を求めて参加した場合、右参加訴訟は各請求が合一にのみ確定すべき当事者参加訴訟に該当するから、XのYに対する右請求を棄却し、ZのX及びYに対する右各請求を認容する旨の一審判決に対し、Yが、その敗訴部分の取消、ZのYに対する請求の棄却を求めて控訴したにとどまり、Xが控訴又は附帯控訴をしない場合であつても、一審判決中ZのXに対する請求を認容した部分は確定を遮断され、控訴審は合一確定のため一審判決中右部分をZに不利に変更することができる(最高裁昭和四八年七月二〇日第二小法廷判決・民集二七巻七号八六三頁参照)。

2(一) 被控訴人朱が本件手形を満期に支払場所に呈示したが、その支払を拒絶されたとの事実は当事者間に争いがない。その余の請求原因事実についても、被控訴人山本と被控訴人朱との間では争いがないが、これは民訴法七一条、六二条により効力がない。

(二) 丙第一号証(甲第一号証と同じ)を被控訴人山本が提出した事実と当審における被控訴人山本浩の供述によれば、被控訴人山本が本件手形を所持することが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三) 控訴人代表者が本件手形を振出したものと認めるに足りる証拠はない(丙第一号証のうち控訴人作成部分の控訴人の記名の印影及びその名下の印影が控訴人の記名印及び印章によるものであることは当事者間に争いがないが、右各印影は、後記認定のとおり、銀太郎が控訴人代表者に無断で右印章等を使用して顕出したものであるから、これによつて本件手形を控訴人代表者が振出したものと推定することはできない。)。原審証人山本浩の証言(第一回)、原審(第一回)及び当審における控訴人代表者、当審における被控訴人山本浩の各供述によれば、本件手形は銀太郎が作成したものであることが認められるが、同人が控訴人のため手形振出の代理権を有していたものと認めるに足りる証拠はない。

(四) 被控訴人山本は、銀太郎は控訴人の営業全般を任せられていたものであるから、商法四三条二項により、同人の代理権に加えられた制限は善意の第三者である被控訴人山本に対抗できない旨主張し、控訴人は、被控訴人山本は本件手形を取得した際、銀太郎が手形振出の代理権を有しないことを知つていたか、仮にそうでないとしても、重大な過失でそのことを知らなかつたものである旨主張する。

判旨番頭、手代等営業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人の代理権に加えた制限は、商法四三条二項、三八条三項により、善意の第三者に対抗しえないものであるが、右規定は、第三者の正当な信頼を保護しようとするものであるから、右制限を知らないことにつき第三者に重大な過失があるときは、悪意の場合と同視し、営業主はその責任を免れるものと解するのが相当である。

〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  被控訴人山本は、昭和五二年四月ころ、電気工事業を営んでいた訴外西田の依頼により、金額四〇万円の手形を割引いたが、同人がその後間もなく倒産したため、右手形割引による債権はこげついてしまつた。

(2)  銀太郎は、同年五月ころ、右西田と共に被控訴人山本を訪ね、同人に対し西田を援助したいので本件手形で融資して欲しい旨申し入れたところ、被控訴人山本は、本件手形を担保に、西田の右債務額と合わせて一〇五万円を貸付けることを承諾した。

(3)  銀太郎が持参した当時、本件手形には振出地及び振出人欄に控訴人の記名印と印章が押捺されていただけで、金額欄、支払期日欄等その余の記載事項欄はすべて日地のままであつた。

(4)  銀太郎は、被控訴人山本の面前で、本件手形の金額欄に一〇五万円と書き込み、第一裏書欄に記名押印して裏書し、これを同人に交付したところ、同人は、西田の右債務金額を差引いて、現金六五万円位と西田から受取つていた前記手形を銀太郎に交付した。

(5)  銀太郎は、木製家具の製造、販売を業とする控訴人の従業員で、その営業部門は任されていたが、手形振出の権限は与えられていなかつたのに、控訴人代表者に無断で、控訴人の手形用紙、記名印及び印章を使用して本件手形を作成した。

(6)  被控訴人山本は、それまで銀太郎とは全く面識がなく、控訴人についてもなんら知識はなかつたのに、銀太郎が自己の印鑑証明書を示して控訴人代表者の息子であると言つたことを信用し、銀太郎が本件手形の振出につき代理権を有するか否かを控訴人に照会する等の調査をすることなく、本件手形を取得した。

以上の事実によれば、被控訴人山本は、銀太郎が手形振出の代理権を有しないことを知らないことにつき、重大な過失があるといえる。

(五) したがつて、控訴人は、使用人である銀太郎の代理権に加えた制限を被控訴人山本に対抗することができ、本件手形の振出人としての責任を免れることとなるから、被控訴人山本の被控訴人朱に対する請求並びに控訴人に対する本件手形金請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

三被控訴人山本の予備的請求(民法七一五条一項に基づく損害賠償請求)について

1 前記二、2、(四)で認定した事実によれば、控訴人の被用者であつた銀太郎が、昭和五二年五月ころ、偽造にかかる本件手形を真正なもののように装つて、情を知らない被控訴人山本にこれを交付し、同人から借入金名下に金員等の交付を受けたことが認められる。

2  銀太郎の右手形の偽造行為が民法七一五条一項にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」なされたものであるか否かを検討する。

〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  控訴人は木製家具の製造、販売を業とする有限会社であるが、本件手形が作成された当時、控訴人の従業員は控訴人代表者の夫山崎記義、銀太郎、同人の妻山崎ふき子のほか、事務員一名、職人及び雑役夫各二、三名の小規模の会社であつた。

(二)  控訴人においては、製造部門は右記義が指揮監督し、手形の振出、資金繰り等の経理部門は控訴人代表者が担当し、注文取り、製品の配達、集金等の営業部門は銀太郎が担当していたが、控訴人代表者夫婦が老齢であつたため、経理部門を除く営業の実質的部分は銀太郎に任されていた。

(三)  銀太郎(昭和一三年生)は、中学卒業後控訴人代表者方に弟子入りしたものであるが、その後子供のない控訴人代表者夫婦の養子となり、妻子とともに控訴人代表者夫婦と同居していた。

(四)  控訴人の事務所と控訴人代表者ら家族の住居は、建物は別棟となつていたが、同一地番内にあり、控訴人代表者は、控訴人の手形用紙、記名印及び印章を居宅の台所兼食堂の水屋の中に保管していたので、これを家族の者が取出すことは容易な状態にあつた。

(五)  控訴人が手形を振出すときは、控訴人代表者が事務員松浦孝子に指示し、同人において手形用紙に所要事項を記入し(金額はチェックライターで打ち込んでいた。)、控訴人代表者から手渡された控訴人の記名及び印章を同人の面前で押捺して作成していた。

(六)  銀太郎は、手形の作成業務は任されていなかつたが、右松浦が病気で入院した昭和五一年二月ころから同年五月ころまでの間は、同人の担当していた右手形の作成業務を控訴人代表者の指示でした。

右事実によれば、銀太郎が本件手形を作成した行為は、同人の職務の範囲内のものでないことは明らかである。しかし、民法七一五条一項の「事業ノ執行ニ付キ」とは、被用者の職務執行行為そのものには該当しないが、その行為の外形から客観的に観察して、あたかも被用者の職務の範囲内に属するものと見られる場合をも包含し、会社の職務の執行が数人の被用者によつて分掌されている場合、必ずしも会社内部の事務分担に従つてこれをなす権限を有していた行為に限定せられるべきではなく、同一使用者の事業機構下で右の権限内の行為と相当深い関連性を持ち、その権限外においてこれを行うことが客観的に容易である状態に置かれている行為にも及ぶものと解すべきである。本件についてみると、右認定のとおり、銀太郎は家内工業ともいうべき小規模会社である控訴人代表者の養子で、経理関係を除いては控訴人の営業の実質的部分を任されており、一時的ではあるが、控訴人代表者の指示で控訴人振出の手形の作成業務を担当したこともあり、控訴人の手形用紙、記名印及び印章の保管状況から、銀太郎がこれを使用して控訴人名義の手形を作成することも容易な状態にあつたのであるから、銀太郎の本件手形の作成偽造行為は、民法七一五条一項の適用上使用者に帰責せしめるに相当な職務の範囲内に属すると認めるのが相当であり、結局同条一項にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」なされたものといえる。したがつて、控訴人は、銀太郎が被控訴人山本に加えた損害を賠償すべき義務がある。

3 被控訴人山本の損害。前記二、2、(四)で認定のとおり、本件手形金額は一〇五万円であり、被控訴人山本が本件手形と引換えに銀太郎に交付したのは現金六五万円位と訴外西田から受取つていた金額四〇万円の手形であるが、右手形は同人の倒産により支払を受け得ない状態にあつたものであるから、結局本件手形債権を取得することができないために被控訴人山本が被つた損害は、同人が現実に支出した現金六五万円位である。

判旨4 被控訴人山本には、本件手形を取得するにあたり前記二、2、(四)で認定のとおり重大な過失があつたから、この過失は控訴人の賠償すべき損害額を定めるにつき斟酌すべきものであり、右過失の態様を考慮すると、右損害賠償額は二〇万円が相当であると認める。

5  被控訴人山本の控訴人に対する予備的請求は、右二〇万円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和五三年七月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当である。

四よつて、原判決主文第三項ないし第六項を取消し、被控訴人山本の控訴人に対する右確認の訴を却下し、控訴人に対するその余の第一次請求及び被控訴人朱に対する請求をいずれも棄却し、被控訴人山本の控訴人に対する予備的請求を右認定の限度で認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(小西勝 大須賀欣一 吉岡浩)

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